課題パーソンが一定の割合で産まれてしまうのは神様がパーソンに課すノルマ

小学生低学年の次男には知能の発展に遅刻がある。現下主に中位学級におけるが、遠からず限定学級に通う頻度が増えて来るだろう。幼児が一生、「プラス」のニックネームのもとに公世間の周辺に追いやられる望みを考えると、父親としてははなはだやるせない。
古典落語には“悪人”という人間が登場する。今回で言うLDとか発展症状を持つひとだが、ご隠居ちゃんやおかみさんを始め、長屋のみんなで主人が何とかやっていけるように配慮を焼く。但し悪人はテクノロジーが安いので、言われたことを間違って覚えたり、覚えたことをまるで関係ない文脈で実行して嵌り、それを見た長屋の皆さんが頭を抱えて一層悪人に知能を塗り付ける、という大笑いが描かれる。長屋の皆さんには、悪人を“役立たず”として周辺に追いやる直感は最初から乏しいらしい。却って中心に連れてきて、配慮を焼き見合うためあなたが“世人”若しくは“コミュニティ”を形成している。これが古典落語として在るは、江戸のあなたには普通に共感できる日常の感性だったのだろう。そうした古人の知能に自分が学ぶ事は出来ないだろうか。
「特殊な疾病が一定の人口単位の中でことごとく起こるのは、大神が奴に課すノルマだ」とする見解がある。これを知的症状の方に融通すれば、「この子は自分が課せられていたかもしれないノルマを肩代わりしているのだから、みんなで配慮するのがもちろんじゃないか」という直感を導けるのではあるまいか。
地方自治体レベルでの処理は無理でも、地域のあなたでこういう感性を共有できれば、次男というハンデを持つ方らの素地はさんざっぱらなる。繁栄出来たら、こういう国中はたとえ有難い世の中になることだろう。悪人を方に持つ父としては、心から願わずにいられない。ミュゼの口コミを信じて予約した。結果がこの効果だよ…